札幌高等裁判所函館支部 昭和27年(う)98号 判決 1952年11月24日
控訴人 被告人 山口潔
弁護人 岡田直寛
検察官 後藤範之関与
主文
本件控訴はこれを棄却する。
当審における未決勾留日数中六十日を右本刑に算入する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人岡田直寛の控訴趣意は末尾添付の控訴趣意書記載のとおりである。
控訴趣意第一点(事実誤認)について。
およそ奪取罪(強窃盗)は被害者の所持を奪つて被告人の所持に移したときに既遂となるのであつて、被告人の所持が継続することは既遂の要件ではない。原判決の挙げた証拠を取り調べると、被告人は被害者赤城慰子の所持する鞄を奪つて自己の所持に移した後、階段を二、三段下りたところで被害者から取還されたことが明かであるから、たとい奪取と取還とが場所的時間的に極めて接着した情況にあつても、強盗の既遂とみるべきであり、原判決には所論のような事実誤認はなく、論旨は理由がない。
控訴趣意第二点(量刑不当)について。
本件訴訟記録並びに原裁判所の取り調べた証拠に現われた本件犯行の動機、態様、犯情その他諸般の事情を綜合すれば、所論の点を考慮に入れても、原裁判所が被告人に対し懲役四年の刑を科したのは相当であり、論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条にしたがい本件控訴を棄却し、刑法第二十一条を適用して当審における未決勾留日数中六十日を右本刑に算入し、刑事訴訟法第百八十一条第一項に則り当審における訴訟費用を被告人の負担とし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 原和雄 判事 小坂長四郎 判事 臼居直道)
弁護人岡田直寛の控訴趣意
第一点原判決は事実誤認あり破棄あるべきものと思料する。
原判決の無罪の点は何等異議のないところであるが、被告人の強盗既遂及傷害の事実を認定して強盗致傷罪を適用しているのは事実誤認で本件強盗は未遂と認定すべきものと思料する。
被告人が犯罪現場である棒二森屋の階段に於て、赤城慰子の所持していた鞄を奪いとろうとして一時瞬間的に被告人が之を手にした事はあつても右赤城に於ては直に之を奪い返し又被告人が之を奪い更に赤城が之を取り返したという場所的にも時間的にも極めて接着した情況である。是の事は原審証人赤城慰子の証言に「鞄を盗つた人が下の方へ逃げかけたので、二、三段下りて追いかけ後から鞄を取り返し、二、三段引返した時又盗まれたのでそれを私が取り返して元の処まで戻りました」とあることによつても明かな如く所謂被害者の所持を奪つて被告人の所持に移したという安定状態ではなく未だ被告人の所持に移したと見るべきものではない。即ち既遂ではなく未遂と認定すべきものである。
仍て原判決が強盗の既遂の事実を認定したのは破棄を免れないものと思料する。
第二点原判決は量刑不当として破棄あるべきものである。
強盗が既遂、未遂を問わず被告人の強盗致傷罪に認定されることは巳むを得ないところであるが、原審公判に於ける被告人の供述、証人森康、同水上義武の証言等を綜合すれば、被告人は嘗つて梅毒のため入院もし其後数年前医師の治療を受けて注射もしたが中途で中止したため爾来病勢衰退せず徐々に昂進していたのではないかと疑われる点があり、本件犯罪の直前までは職場に於て真地目に金銭の取扱業務に従事していて強盗までして金員を獲得しようと言う事情は何等なかつたもので本件犯行当時風邪気味て映画見物をしたため頭の具合が悪く途中で映画室を出て、階段を下りようとする際偶々被害者赤城慰子が上つて来たのを見て確たる動機もなく半ば衝動的に本件犯行に及んだものと認められるのである。
この点被告人の梅毒の病状が昂進して脳に影響があつたのではないかと推了されるのである。
而して財物奪取はその目的を遂げず傷害の程度は軽微である上前科のない被告人であるので法律上量刑出来る最低の裁判然るべきものと思料する。